stranger
伊勢市駅近く、三交百貨店の裏に喫茶店があった。
名前はジョイフル。
日の当らない陰気な場所にあって、当時この名前は皮肉としか思えなかった。
僕は学生時代この喫茶店で2ヶ月ほどウエイターのバイトをしていたことがある。
常連客には怪しい大人が多く、真面目な学生だった僕は好奇心を大いに刺激された。
同じビルの上階には何を営んでいるのか正体不明の事務所があり、注文があるとよくコーヒーを配達に行った。
二部屋ほどのその事務所には「社長」と呼ばれる気障な男が椅子にふんぞり返っていて、別室には25歳前後の色っぽいお姉さんがいつもつまらなそうにデスクワークをしていた。
「社長」の趣味なのだろう、その事務所にはにはいつも有線放送のジャズが流れていて、怪しさを倍増させていた。
とはいえ当時ジャズを聴き始めていた僕は、この事務所にコーヒーを配達することが楽しみだった。
ある日いつものようにコーヒーカップを銀の盆に乗せて運んで行く。
カップを置いた瞬間にデスクの社長と目が合う。
「これ、オスカー・ピーターソンですよね」
「兄ちゃん若いのにジャズ聴くんか?」
「はぁ…」
もう何十年も前のことなのにこの場面はなぜかよく覚えている。
自分が少し大人の世界に入っていけたような気がした。
先日前を通りかかると、店は廃墟のように荒れ果てていた。
そういえばオスカー・ピーターソンも3年ほど前に死んだなぁ。
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by sakura1733
| 2010-09-15 01:23
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